死者だけど人殺しになることも

最近不幸の通報をぐっすり見ます。
車がフィーバーして歩道を歩いていたお客が亡くなった、ハイウェイで追突されて亡くなった、パーキングで気づかずに引き取り手を死去させてしまったなど、不幸の通報を見ない太陽はありません。
車人前の世の中、誰でも死者になることも、人殺しになってしまう危惧はあります。
我々は気を付けて運転していても、パートナーのうわの空で死者になってしまうことも、人殺しになってしまうことも様々考えられます。
過日もドライブをしていると、先を走っていた車が急ブレーキを掛けて停車しました。
車間移動を取り去り、進度も出ていなかったので前の車って接触悲劇にはなりませんでしたが、どうしたのかなと思いながら停車していると、前の車の先をケータイを見ながら高校が自転車で通り過ぎて行きました。
ケータイを見ながら飛び出してきた高校が妨害の原因でした。
たまたま悲劇にはなりませんでしたが、高校も死者になっていたかもしれないし、前の車の乗員も人殺しになっていたかもしれません。
悲劇になっていれば高校は死者ですが、自分のうわの空で全然関係ないお客を人殺しとしてしまったわけだから人殺しと言ってもいいと思います。
誰でも死者になる可能性もあるし、人殺しになる可能性もいらっしゃる。
さっぱり関係ないお客を人殺しとして仕舞う可能性もあるということを意識してドライブを心がけたいと思います。

子供たちの夏休みの宿題を一緒に考えました。

子供たちには夏休みの宿題があります。
1年生といった3年生のこどもがいますが、どちらの学年も夏休み用のドリルがあります。
ドリルはやったのちにわたしが採点してポイントを書き込みます。
1年生のこどもはアガサオの見張り手帳を2枚かきます。
図表を書くのが何だか難しいようです。
葉っぱ、花のがたい、茎の長さなどが依然として上手くつかめず、上手にかけないようですが、奮い起こしながら書かせている。
また絵日記の宿題もあります。
こちらは思っていたよりも楽しそうに図表をかいていました。
1枚は「夏場催し」のニュアンスを書いていました。
とうにはじめ枚は夏休み中にことがあった時に書くことにしています。
図工の宿題は各学年共通のいざこざのなかからワンポイント選びます。
長女は去年はトンボの図表を書いていました。
1年生の時は「おアメリカというわたし」についての図表を書いていました。
今年は「ファミリー」をポリシーにした張り紙がありました。
妹にとっても比較的に書き易いいざこざのようでした。
世帯が「スイカ割り」をしている店を描いていました。